新潟県は長岡市。小雪が舞い散る早朝、信越本線 塚山駅からクルマで10分程にある小国工場を訪れた。
そこで目の当たりにしたのは、人の何倍もの大きさの製造設備と、総勢53名の社員一人ひとりのモノづくりにかける姿勢だった。




エレベーターの昇降を支えるガイドレールの加工現場。ここで造られた製品は「世界最高品質」と社員たちは胸を張る。
たとえば、止まっているんじゃないかと疑うくらい静かに昇降するエレベーター。その根幹を支えているのが、鳴島工業の加工技術だ。
エレベーターガイドレール同様、スチール加工も鳴島工業の主力事業のひとつ。機械ではつくれない細やかな手作業が多く、
なかでも驚かされたのは普段使っている作業道具も自分たちが使いやすいように加工しているというこだわりようだ。
毎朝8時に朝礼。その日の作業スケジュールや工場の全体方針についてグループごとに共有している。入社して間もない新米社員もいれば、この道30年の大ベテランも同じ時間に集まり意見を交わす。その後の業務は一人で行なうことが多いので、貴重な対話の機会でもある。
工場を訪れて特に印象的だったのが、作業に没頭している社員の姿。「手作業で数ミリ単位の加工をしているので、集中力はかなり要りますね」 という社員の言葉に納得した。当然、納期もあるので、正確さだけでなくスピードも大事だという。




「溶接が一番うまいんです」と紹介されたのは入社10年目の星野さん。エレベーター会社主催テクニカルマスターズ(溶接技術を競う大会)で準優勝も獲得。 技術力にこだわる企業の社員だけに、大会出場も大きなモチベーションになるようだ。




作業中の社員はみな真剣な表情で少し近寄りがたい雰囲気があるが、話しかけてみると気さくな人ばかり。
鉄板に穴を空けるドリルの一つひとつを楽しそうに教えてくれた人。照れながらカメラに向かって色々なポーズをとってくれた人。みんな笑顔だった。












ジリリリリリリ—ン!・・・。小気味よいベルの音が工場内に響きわたり、昼休みがはじまる。時計の針はちょうど12時を指していた。
工場内にある食堂を訪れてみると、「ちゃんとやってるか?」と若手もベテランも関係なく、みんなの笑顔が咲いていた。






鳴島工業の製造拠点は、新潟だけではない。東京都は大田区西糀谷。京急線 大鳥居駅より程近い羽田工場でも汗を流している社員たちがいる。
電動ドリルや溶接機を操る真剣な眼差しは新潟の小国工場の社員となにも変わらない。




東京で働く事務スタッフの方々。総務部・営業企画部・品質保証部・製造技術部で構成されている。
ここから製造案件が生まれ、製造ラインを経て仕上がった製品の厳しいチェックが行われる。鳴島工業の自慢の技術力を陰ながら支えているのだ。




新潟の小国工場に戻ると、もう昼休みは終わっていた。社員も製造設備もつかの間の休息を経て、次の仕事に向けて動き出す。
昼休みの終了時刻が近づくと、みんな吸い込まれるようにそれぞれの持ち場に戻っていった。




眩しく光るレーザー光線が規則正しく動き、鉄板を溶かしていく。スチール加工の工程は、ほとんどこのレーザー加工機から始まる。
各取引先から届く加工内容を、オペレーターがデータ入力する。そのオペレーションどおりに光線が作動する仕組みだ。




機械工程の終えたガイドレールを数ミクロン単位でヤスリ等を使って調整する熟練社員。
機械だけで完結させない精密な作業を、迅速かつ正確に。鳴島工業だからこそ実現できる、誇るべき技術力がそこにあった。










「業務時間は黙々と作業することが多いので、周りの人ともっと話してみたい気持ちはありますね」と社員たちは笑う。
仕事が終わったら、みんなで飲みに行くこともある。集中力が問われる仕事だからこそ、ONとOFFのメリハリが大事なのだとか。




「今の鳴島工業があるのは、みんなの頑張りがあってこそ」と社員の話になると目を細める鳴島社長。
SGAという業務に関する改善点を社員が発表しあう機会をつくるなど、社員とともに成長していく企業を目指しているという。


「仕事にプライドを持っている社員が多い」そんな声を象徴するように、今、鳴島工業の製品は日本にとどまらず、
世界中の建築物に多く採用されている。自分たちが作ったものが世界で認められている。その誇りがこれからの鳴島工業の原動力になるのだろう。